仕事がしたい

予備校友達と会ってきて、彼の衰えぬ闘志に羨望の気持ちを抱く。

俺も、受かりたい。仕事がしたい。社会的繋がりを持ちたい。不良品でもいいから歯車になりたい。しかし同時に、俺は弱い。無意味に落ち込むし、動きが鈍くなる。暇があるとサボってPCばかりいじっている。

試験後からロクに眠れない。でも勉強するのも億劫で、ネットでマンガの情報を集めている。対して楽しくもない。やるべきことをやっているという感覚がないのに、遊んでいてもむなしいだけだ。それだけではなく、心がどんよりして苦しくなり、しまいには心臓がどきどきして不安でたまらなくなる。なにが不安なのか、それすらわからない圧倒的で理不尽な憂鬱に襲われる。それを沈めるために、安定剤を飲み、気晴らしに漫画を見る。三時間後には薬の効果は切れる。そして、一日でなしたことといえばなにもないのだ。マンガの中では、死地に赴きながら心を燃やして戦う男女が居る。彼らの倫理基準から言うと、俺は屑だ。いや、屑というラベルを貼るほどの存在感すらない。絵の中に入れる価値などないほどの存在だ。

もっと強くなりたい。この厄介な気性を矯正して、やりたいことができるようになりたい。判例を勉強したり、法実務を勉強したりして、就職が決まるまでの間も役に立つことをしたい。今日はやれるだけやったんだという充実感がほしい。そうしないと、メシもまずいし娯楽も楽しくない。

予定は、立てた。筋トレする。法律事務所の立地を見て回ることにする。写真も撮るつもりだ。勉強は、ビジネス法務の二級をまずやって見ようと思う。問題を見ながら六法に印をつけていくのだ。あの分厚い奴と仲良くできるようになりたいのだ。判例集にもあたりたい。法律文章作成や法律トラブル解決マニュアルなどの、実務的な知識も知っておきたい。英語、できればスペイン語もブラッシュアップしたい。

問題は何だろう。まず、達成感を感じる能力が減っているために、行動が遅れがちだということだ。いまの大雑把な家族手帳をやめて、システム手帳を買うことにする。ポジティブな結果は少しでも記録する。ウジウジする時間が少なかったら、それもなるたけ記録する。少しでも、自分が改善していければいいのだ。できないことをつぶす、そういう発想ではなく、できることを増やしていく、そういう考え方のほうがラクに続けられる。駄目な自分は許してやる。できた自分は褒めてやる。そういう風な仕組みを作る。向上していくという感覚をもつ。二年前はうつ状態で本も読めなかったのだ。異常に落ち込みやすいのはしょうがないし、人から言われた言葉に傷つくのもまたゆるしてやらねばならない。弱さは、罪ではないはずだ。俺は、自分を殺せないほどには自分を愛してやる。なら、許してやろう。少しでもいい方向に向かうよう見守ってやろう。理想の自分とのギャップに絶望するのではなく、今の自分が一ミリでも這ってすすめたことに感謝しよう。世間様の目は関係ない。どうしようもない弱い自分をどう処遇するかの問題なのだ。

自殺願望はたまに来るし、ものの弾みで死んでしまうかもしれない。だが、死ぬときは笑顔でいたい。マンガの登場人物のようにはいかないのはわかっているが、いい死に方をしたい。死ねば終わりだ。逆に言えば、まだ俺は終わっていないはずだ。俺は俺と終わりまで付き合わなければならない。自分に嫌になってばかりの男だ。根性なしのへたれ野郎で、家族からの恩を生かす能力すらない。それでも、原理的に、俺は俺を見捨てることができないのだ。自分を労わること、本当に心安らぐことをしてやらねばならぬ。そうでもしないと、漫画もアニメも楽しくないのだ。